King Gnu『どろん』。
ALBUM『CEREMONY』収録の、ネット社会での愛を歌った超現代的ラブソングです。映画『スマホを落としただけなのに 囚われの殺人鬼』主題歌として大きな注目を集めています。目まぐるしく乱高下する爆速のメロディはもはや圧巻の一言。
この曲に関して、楽曲の作詞・作曲を手掛けた常田さん(Vo,G)は「映画で描かれる『愛情への不安や焦燥感』を『ネット社会の脆さ・怖さ』とシンクロさせながら描きました」とコメントしています。
『愛情への不安や焦燥感』と『ネット社会』、この2つを通して常田さんが産み出したものとは。ここではその歌詞の意味を細かく考察していきます。
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歌詞解釈
常田さんのコメントにもあった通り、この曲で描かれているのは現代の高度に発達したネット社会。『どろん』の主人公は、このネット社会からすでに虐げられた存在として楽曲に登場します。
1番
白黒で単純に割り切れやしないよ
人はいつだって曖昧な生き物でしょ
僕らは何を大事に握りしめ生きれてるだろうか
どろん 作詞 常田大希
ここで描かれているのは『愛情への不安』。
人間は曖昧で複雑な生き物です。一人の人間の心を見ても「この感情は白でこの感情は黒」なんて簡単に分けられるものではありません。自分自身でさえ、自分の感情の正体を突き止めることなんてできやしない。
そんな曖昧な僕らは今、何を大事に握りしめているんだろう。今大切にしているこの想いは一体何だろう。そもそも何かを大切に握りしめてこれたのだろうか。
もし私たちが「愛」を大切にしていたとして、じゃあその「愛」って何なんだろう。そもそも大切にできているのだろうか。
不確かな「愛情」という概念に対する不安は募ります。
人生にガードレールは無いよな
手元が狂ったらコースアウト
真っ逆さま落ちていったら
すぐにバケモノ扱いだ
其処を退け、其処を退け
今じゃ正義か悪か
それどころじゃないんだ
どろん 作詞 常田大希
ここでは『ネット社会の怖さ』がまじまじと綴られています。
大量の匿名ユーザーが日々罵詈雑言を交わしあうネット社会。たった一度でもへまをしようものなら彼らの格好の餌食となります。SNSは大炎上し、吹き荒れる誹謗中傷の嵐。落っこちたネット社会の奈落の底ではもう人権もクソもありません。
主人公は強い焦りを覚えています。奈落の底に突き落とされ、愛も希望もない世界。もう今は正義とか悪とかそれどころじゃない。早く愛情を探さないと。何とかここを抜け出さないと。
死に物狂いで、地を這ってでも闇を抜け出そうとするする主人公の切迫感が痛いほどわかります。
いつだって期限付きなんだ
何処までも蚊帳の外なんだ
血走って噛み付いた
味方は何処にいるんだ?今日だって
傷を舐めあって
面の皮取り繕って
居場所を守ってるんだ
あなたの事を待ってるんだ
どろん 作詞 常田大希
人とのつながりも生活の安泰もいつだって一時的で希薄なものです。
そして気が付くと蚊帳の外。彼は既にひとりぼっちです。あたりにもう味方なんていない。目を血走らせ、必死に目についたものに牙をむく。どこかにあるはずの愛情をなんとか見つけ出したい。空腹で獲物を探す野犬のように、彼は愛情に飢えています。
ネット社会でいつ足を踏み外してしまうかわからない不安と、愛情がどこにもない事への焦り。今日も惨めにも下の者同士で慰めあい、なんとか面目だけを保ちながら、満身創痍で今の居場所から落ちぶれないように踏みとどまる。
そして今も”あなた”の事を待っています。きっとネット社会のどこかにまだあるはずの愛情に巡り合う日を待ちただ続けているのです。
2番
散らかった部屋に押し潰されそうだ
人はいつだって臆病な生き物でしょ
締め切った窓は呼吸を
重くしてしまっているんだろうか
どろん 作詞 常田大希
孤独に押しつぶされそうな主人公。「締め切った窓」は「閉ざされた心」の暗喩でしょう。ネット社会の闇の中で、心を閉ざしてしまったことで彼はますます生きづらくなっていくのです。
大都会の他愛もない大恋愛
高く飛びたきゃ膝を曲げるんだ
しゃがまなきゃ飛べやしないな
ひとりぼっち 孤独渦巻いた
ここから抜け出さなきゃ
自分を好きになりたいんだ
どろん 作詞 常田大希
彼は、冷淡で残酷な大都会での大恋愛の真っ最中。きっとどこかにあるはずの”愛情”を死に物狂いで探している途中です。もっとも冷め切った都会人から見ればそれは《他愛もない》、取るに足らない程度のものなのでしょう。
そしてなんとかこの孤独な場所を抜け出そうと膝を曲げる。必死に孤独渦巻くこの場所を受け止め、歯を食いしばるのです。いつかここを飛び立つ日を夢見て。「せめて自分を好きになりたいんだ」。そんな考えが突発的に浮かび上がる。とにかく彼は切羽詰まっています。
明日を信じてみませんか
なんて綺麗事を並べたって
無情に回り続ける社会
無駄なもんは切り捨てられるんだ大義名分のお通りだ
この通り不条理まかり通り
知らずのうち葬られようが
後には引けやしないんだ
どろん 作詞 常田大希
どれだけ希望にあふれた言葉を並べてみたって、この世界はどうしようもなく残酷です。無駄なものは容赦なく切り捨てる。ネット社会に無駄と判断された人々に輝く明日なんてあるはずがないんです。
そして社会は正当な理由を盾にして、どんな不条理だって押し付けてきます。社会に捨てられた人は知らずのうちに存在すら消し去られてしまう。散々誹謗中傷を浴びせ、満足してしまえばもう存在価値などないのです。どうしようもなく脆くて恐ろしいネット社会。
でも今更彼は後には引けません。今になって愛情を諦めたってどうすることもできない。社会がどうであろうと、もう愛情を探して満身創痍で生きるしかないのです。
3番
駅前を流れる
人々を眺めて
大都会
他愛もない
会話さえ
やけに煩わしくて
どろん 作詞 常田大希
駅前を流れる人々の他愛もない会話。孤独に溺れ、心を閉ざした彼にとっては全く関係のない雑音に過ぎません。煩わしいとさえ感じる。たどり着いたのは孤独のどん底、ネット社会の奈落の果て。まさに「後には引けない」ところまでもう来てしまっています。
ここはどこ、私は誰
継ぎ接ぎだらけの記憶の影
煌めく宴とは無関係な
日常へ吸い込まれ、おやすみ
どろん 作詞 常田大希
愛に飢え、焦りを覚えます。
味方はどこだ。ここはどこ、私は誰? あなたはどこ? 愛情って何?
ネット社会に突き放された主人公はもう煌めく世界とは無関係。継ぎ接ぎだらけの記憶ですら影になって実体がない。もう何もかもがわかりません。現代社会のどん底に吸い込まれ、彼はそこで日々を過ごしています。
大義名分のお通りだ
この通り不条理まかり通り
知らずのうち葬られようが
後には引けやしやしないんだ
どろん 作詞 常田大希
それでも何とかここから抜け出さないと。もう一度愛情を取り戻さないと。貴方に会える時を待ってるんだ。もう後には引けやしないんだ。
不安で冷酷なネット社会を生きる人々の愛情への焦燥。圧倒的な現実感とそれゆえの恐怖を心の奥底から感じます。
まとめ
人間関係は希薄で、無駄なものは無残に切り捨てる冷酷なネット社会。そんな中で、失った愛を確かめようと奔走する人間の不安と焦燥を描いた超現代的なラブソングです。
ほんの数十年前ならこんな歌あり得ませんでした。直接言葉を交わさずに関係を築くことなどあり得なかったし、まして匿名アカウントに奈落の底へと突き落とされることなど考えられなかったはずです。それが現実に起こる今の時代だからこそ、切迫した緊張感を持って私たちの胸を打つ楽曲なのではないでしょうか。
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