ヨルシカ、「心に穴が空いた」。
アルバム「だから僕は音楽をやめた」の続編となる2ndフルアルバム、「エルマ」収録の楽曲で、MVは公開後3日で100万再生突破の話題曲です。
前アルバムの楽曲との関連性は?
エルマの心に空いた「穴」の正体は?
ここでは歌詞を徹底的に分析し、その意味の解釈を書かせていただきます。
楽曲について
前作「だから僕は音楽をやめた」にて、主人公の青年、エイミーがエルマに送った手紙(楽曲)。物語は、その手紙を受け取ったエルマの視点に切り替わり再び動き出します。
「だから僕は音楽をやめた」の歌詞解釈はこちら
エルマと離れ離れになり、エルマと過ごした記憶も枯れ果て、ついには音楽を諦めてしまったエイミー。そんな彼の残した言葉は、確かにエルマの心を傷つけるのでした。
「心に穴が開いた」の歌詞は、多くがエイミーがエルマにあてた歌詞に呼応するものとなっており、中でも「夜紛い」という曲とは特に密接な関係がみられます。
「夜紛い」との関係性
前作収録曲、「夜紛い」。読み方は「よるまがい」です。この楽曲では明確に、エイミーがエルマの心に穴をあけようとする姿が描かれています。
人生ごとマシンガン 消し飛ばしてもっと
苦しんだと笑って ねぇ、さよなら一言で
君が後生抱えて生きていくような思い出になりたい 見るだけで痛いような
ただ一つでいい 君に一つでいい
風穴を開けたい
ヨルシカ 「夜紛い」 作詞 n-buna
歌詞でエルマを描くという信念を諦めることができなかった主人公は、エルマに別れを告げることでそのすべてを放棄しようと試みます。それと同時に、エルマの心に穴をあけたいとも願った。せめてエルマには、自分の存在を忘れてほしくはなかったのです。
そんな彼の思いは、彼の想定をはるかに超えて叶ってしまうことになりました。詳しくは後述。
「夜紛い」は前作「だから僕は音楽をやめた」の9曲目であり、「心に穴が開いた」は今回のアルバムの9曲目。どうやら偶然ではなさそうです。
歌詞解釈
若干紛らわしいことに、女性である「エルマ」の一人称も「僕」です。
ここでは、「僕」=エルマ、「君」=エイミーとして説明していきます。
1番
小さな穴が空いた この胸の中心に一つ
夕陽の街を塗った 夜紛いの夕暮れ
ヨルシカ 「心に穴が空いた」 作詞 n-buna
何かを失った喪失感。失意の混ざる夕暮れ。
「夜」という言葉は少なからず負の感情を帯びていますから、これから夜に移っていく「夜紛いの夕暮れ」という描写は、この楽曲が前向きな曲ではないことを暗示しています。
また、さりげなく「夜紛い」という言葉を用いることで楽曲「夜紛い」との関連性が明示されます。
忘れたいのだ
忘れたいのだ
忘れたい脳裏を埋め切った青空に君を描き出すだけ
ヨルシカ 「心に穴が空いた」 作詞 n-buna
君をいくら忘れようとしても、心に浮かぶのは君の姿だけ。
もしも君の存在をすっかり忘れてしまえたのなら、君を失う喪失感に苛まれることなどありません。しかし、忘れることなどできるはずがありませんでした。忘れたいのに、むしろ君を描くことしかできなかったのです。
だから心に穴が空いた
埋めるように鼓動が鳴った
君への言葉も
口を開けば大体言い訳だっただから心に穴が空いた
降る雨だけ温いと思った
繕って 繕って 繕って
顔のない自分だけ
ヨルシカ 「心に穴が空いた」 作詞 n-buna
君を失った喪失感に襲われた。気づけば自分を正当化していた。感情を押し殺して、自分の表情さえもわからなくなった。
君を忘れることなどできなかったから、エルマは喪失感に襲われることとなりました。
失意に沈み、心は冷え切ってしまった。口から出るのは保身の言葉だけです。
「降る雨だけ温いと思った」という表現が、いっそうエルマの悲しみを際立たせます。深い悲しみに暮れるエルマにとって、降る雨はもはや悲しみを助長するものですらないのです。
天気を使った表現の美しさは感無量です。
2番
少しずつ穴の開いた木漏れ日の、森で眠るように
深海みたいに深く
もっと微睡むように深く、深く、深く
深く夜を纏った目の奥に月明かりを見るまで
ヨルシカ 「心に穴が空いた」 作詞 n-buna
希望が見えるその時まで、このまま深く沈んでいたい。
森で眠るように、深海みたいに、微睡むように深く。エルマの底なしの失意が窺えます。悲しみに沈むときには、感傷的にどこまでも傷ついていたいと思ったりするもの。
彼女の心に空いた穴は、大きく深いものへと変わっていきます。
君の心に穴を開けた
音楽が何だって言うんだ
ただ口を開け
黙ったままなんて一生報われないよ
ヨルシカ 「心に穴が空いた」 作詞 n-buna
エルマの姿を描くことができず、もがき苦しみ、ついには君は「音楽」をやめてしまった。それくらいエイミーは「音楽」を特別視していました。でもそれが何だっていうんだ。口を開け。
そんなエルマの切なる願いがここでは描かれます。君が口を閉ざし、すべてを捨てるということは、君を失うということ。エルマは君を失いたくはないのです。
忘れたいことが多くなって
諦めばかり口に出して
躓いて、躓いて、転がって、土の冷たさだけ
ヨルシカ 「心に穴が空いた」 作詞 n-buna
「君」を失ったエルマの喪失。
「土の冷たさだけ」という表現が痛切です。君を失ったエルマに残った感情はもはやそれだけだった。それだけ、彼女にとって「君」の存在は非常に大きなものだったのです。
君の人生になりたい僕の、人生を書きたい
君の残した詩のせいだ
全部音楽のせいだ君の口調を真似した
君の生き方を模した
何も残らないほどに 僕を消し飛ばすほどに
残ってる
ヨルシカ 「心に穴が空いた」 作詞 n-buna
僕の人生を通して、描きたかったのは君だった。「君」は僕が何も残らないほど、僕のすべてだった。
結局、彼女が書きたかったのは”君がいる”僕の人生でした。全部君が残した「音楽」のせいです。それが彼女の全てでした。
エイミーを失った今、彼女に残ったのは描く価値のない、”君がいない”人生だけ。
そして皮肉にも、エイミーは彼女と同様に、”エルマがいる”人生を描こうとしていました。こんなにも思いあっていた二人は、こうして交錯することとなってしまうのです。
余談ですが、「何も残らないほどに~」の部分のコード進行が非常にエモいです。
ここで、考察の一助に先述の「夜紛い」の歌詞を引用しておきます。
人生ごとマシンガン 消し飛ばしてもっと
苦しんだと笑って ねぇ、さよなら一言で
君が後生抱えて生きていくような思い出になりたい 見るだけで痛いような
ただ一つでいい 君に一つでいい
風穴を開けたい
ヨルシカ 「夜紛い」 作詞 n-buna
エイミーは、「さよなら一言で」エルマの人生から自身の存在を消し飛ばそうとしました。この言葉こそが、エルマの心から「君」の存在が失われた原因です。
エイミーは、そうしてエルマの心に穴をあけることで自身の存在を明示しようとしました。大切なものを失ったとき、穴が空いた時、人は初めてそこにあったものの大切さに気が付くものです。
エイミーのこの試みは確かに成功しました。ただ、一つ誤算だったのはエルマが想像以上に自分の影響を受けていたこと。
「何も残らないほどに 僕を消し飛ばすほどに 残ってる」
という歌詞からわかるように、エイミーの存在が消えれば何も残らないほど、彼女の心にエイミーは残っていたのです。「ただ一つでいい 君に一つでいい 風穴を開けたい」というつもりが、彼女のほとんどすべてを消し飛ばしてしまうこととなってしまいました。音楽をやめたエイミーが生んだ悲劇です。
続けます!
心の穴の奥に棲んだ
君の言葉に縋り付いた
でも違うんだよ、もう
さよならだなんて一生聞きたくないよ
忘れたいことが多くなって
これから僕だけ年老いて
冷め切って、冷め切って
ヨルシカ 「心に穴が空いた」 作詞 n-buna
君の言葉に縋り付こうとしたが、残された言葉は「さよなら」だった。
彼女が聞きたくなかった言葉は、「さよなら」でした。「君」を失った彼女は、さらに喪失感という感情に沈んでいきます。「君」のいない、穴の開いた自分だけが時間を重ねていくことになってしまった。耐え難い失望感です。
僕の心に穴が開いた
君の言葉で穴が開いた
今ならわかるよ
「君だけが僕の音楽」なんだよ、エイミー
ヨルシカ 「心に穴が空いた」 作詞 n-buna
心に穴が空いた。僕の音楽は「君」そのものだった。
この印象的な歌詞は前アルバム収録曲、「藍二乗」の歌詞へのアンサーとなっています。
人生は妥協の連続なんだ
そんなこと疾うにわかってたんだ
エルマ、君なんだよ
君だけが僕の音楽なんだ
ヨルシカ 「藍二乗」 作詞 n-buna
先述の通り、彼らは「音楽」を通して互いの人生を描こうとしていました。 エイミーがそうであったように、エルマにとっても「君だけが僕の音楽」だったのです。
あえて「」をつけ、エイミーの言葉を引用しているところがまたグッときますね。
だから心に穴が空いた
その向こう側に君が棲んだ
広がって 広がって 広がって
戻らない穴だけ穴の空いた僕だけ
ヨルシカ 「心に穴が空いた」 作詞 n-buna
君を失って、残ったのは「戻らない穴」だけだった。
彼女はただひたすらに「君」の人生を模していました。だから、「君」を失ったとき、そこに残ったのは「穴の空いた僕」であり「戻らない穴」そのものだったのです。
「穴」というのは本来何も存在しない空間であり、それ自体が残るということは現実的にはありえないわけですが、そこにあったものの存在があまりに大きかったために、かえって「穴」だけが残った、という逆説的な美しい表現。
2人の思いの交錯が描かれた、悲劇的な1曲です。
まとめ
「夜紛い」のアンサーソングとも取れる1曲。
「ただ君に穴を開けたい」。「さよなら一言で」。
その一言は確かにエルマの心に穴を空けました。エルマの心から、「エイミー」という存在が消え去ったのです。穴とは「エイミー」の存在そのものでした。
「広がって 広がって 戻らない穴」。
「君」は「僕」がなにも残らないほど、エルマの全てでした。
彼女はただひたすらに彼の人生を模していました。だから「エイミー」が消えてしまった時、残ったのは「穴の空いた僕だけ」。
むしろ、残ったのは「僕」ではなく、「戻らない穴」の方かもしれません。
エイミーの望んだ最後の願いは、予期せぬ形で叶ってしまいました。ヨルシカが贈る、悲劇の1曲です。
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